この間「いつまでもスポーツ選手だと思わないで。今はタダのオッサンなんだから」と家族に言われて落ち込んでいるケアマネのほぷです。
今回はスポーツの現役継続について。
スポーツ選手は知的労働のように年齢を重ねるとキャリアを増す類のものではなく、肉体労働。その為ある程度の寿命があります。しかし時に年齢を重ねても尚現役として頑張っている選手もいる。野球で言えば横浜の工藤公康選手の43歳。
私の分野のボクシングを例に取ると、この競技は消耗も激しく選手寿命は一般的に短いです。具志堅選手やトカちゃん、鬼塚選手などは25歳の若さで引退しています。しかし中には高齢でも頑張っている選手もいます。現役選手では現世界Jrヘビー級王者のバージル・ヒル選手(23年前のロス五輪出場からず~っと第一線!)は今年44歳。しかしこれは異例中の異例です。
私の周囲でも未だに現役選手として頑張っているひとがいます。私なんぞはとっくに選手として活動は辞めているし、出来ない。しかし、努力を重ねて未だに、しかも第一線で頑張っている姿を見ると励みになりますね。
私がアマで全日本社会人選手権に出たのは遠~い昔の話。1992年の事です。そのとき私は26歳。その時のチームメイトが今も現役選手で頑張っています。今回はそのお話を。
千葉県代表のチームメイトの中に若干18歳の選手がいました(県予選で私の同僚を下しての出場)。
その選手、Y君といいます。Y君は北海道から就職で千葉に来て1年目。高校時代は2年連続高校総体に出場した強豪。就職先はS共系列の大きな会社でした。
ちなみに私はその大会で運良く準優勝できたのですが、それもY君のアドバイスのおかげなんですね。Y君自体はクジ運が悪く、優勝した選手(世界選手権代表)とぶつかり、1回戦で惜敗。しかし自分の試合が終わったその後もセコンドについてくれて試合前のコンディション調整や栄養補給を指導してくれました。
アドバイス時はキリッとしていましたが、それ以外はニコニコしていて飄々とした人でした。自身の試合が終わった翌日は予めリサーチしておいたパチンコ店の新装開店に並んでいたりしてました。遠征慣れしているし、オフを楽しんでる感覚でしたね。
その大会を終えて、一度千葉県チームの打ち上げ飲み会で集まった後、私はアマボクシングから身を引いたのでY君との関わりはありませんでした。
Y君のことは記憶から忘れかけていたある日の事、準夜勤務を終えて何気に「ねるとん紅鯨団」(懐かしい…)をボーッと観ていました。すると、ん!?何とY君が出ていたんですね。知っている人がTVに出たりすると、当の本人より周囲がハラハラするもの。
しかしそれは全くの杞憂でした。Y君はイケ面で、話も面白かったので美女を難なくゲット! へぇ…ボクシング辞めたんだなぁ…と思っていました。久しぶりに見る姿はTV画面上は相変わらず人生を楽しんでいるなぁ、という風情。
そして彼の記憶がまた自分から消え去り、更に長い年月が過ぎた2003年。勤務先の病院で職員の方がたまたま患者さんに見せていたTV番組がアマ全日本選手権決勝(NHK教育TVで年に1回放送してます。患者さんに見せるTV番組としては、マイナーやねぇ…)。そこで出ていたのが18歳当時の「Y君」と言うよりキリッとした風貌に変身したY選手!
決勝は惜敗だったのですが、年月を超えて未だに現役でいることにビックリ。若い時の、新装に並んでいたりねるとんに出ていたりした印象が残っていますから、まだ現役でいたなんて…凄い!
Yさんが私と一緒に遠征した後の軌跡は、就職して2年位したら北海道にUターンして大学進学、就職は道内の消防署。その間も地道にアマ活動を続けていたんですね。
元々あった素質が開花したのは2000年を過ぎて。現在は国体優勝や全日本社会人優勝は常連。全日本選手権も常に上位入賞です。年齢をとっても選手でいることに使命を感じている、とインタビューで答えていました。飄々としたY君からストイックさがにじみ出るY選手への変貌!に感動を覚えましたね。
アマボクシングは公式戦出場出来るのは34歳までという年齢制限があります。Yさんも現在33歳。是非今年は全日本で優勝してアマの最高峰である北京五輪出場権を争って欲しいですね。
ちなみにスポーツではありませんが、わがケアマネ部門では“ケアマネ会のジョージ・フォアマン”山さんがオン年68歳!で第一線にいます。私も頑張らねば、かな(ほぷ)
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ぽぷさんのお話はいつも感慨深いものがあります。
現役でいつづける事。その方の生き方でしょうね。
もうだめだなぁ~と思う事も、たくさんあったでしょうね。自分はどうだったかなと考えた時、反省しきりです。
Yさんの全日本での試合を応援します。
ちなみに、テレビ放映はありますか?
投稿者: yukky | 2007年03月06日 16:36